| 私の研 究歴 | |||
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私は化学
(蛋白質化学)出身であるが、virusの生態に興味を持ち、動物virusの研究を
始めた。ある種のvirusは感染した細胞にがんを起こし得ることを知り、
virusによるがん化のメカニズムを明らかにすることがその後の私の研究の一
貫したテーマとなった。1961年に渡米し、本格的にこの問題と取り組んだが、
virus-細胞の系の生物学的解析から仕事は始まった。virusの遺伝学的研究か
らvirus genomeの本態が次第に明らかになり、それと共に分子生物学的研究が
導入された。がん化を起こす遺伝子がvirusに含まれていることが発見され、
しかもその遺伝子は本来宿主細胞に由来するものであるが、virusに取り込ま
れた結果がんを起こす能力を獲得することを推定することができた。この「が
ん遺伝子」の概念はその後、更に一般化されて、細胞遺伝子の種々の変異がが
んの生成の主な原因であるという今日の考えの基礎を作った。これらの
virusのがん遺伝子が作る蛋白質についても tyrosine kinaseを始め多くの新
しい産物が同定され、その解析はtransformationにかかわる細胞蛋白質の研究
に大きく貢献することができた。また我々が発見した SH2, SH3ドメインが多
くのがんウイルスの作る蛋白質の中に存在し、このような構造が蛋白質の相互
作用を通して情報伝達に重要な役割を果たしていることが見出された。細胞蛋
白質の変異とそれに伴う情報伝達の変化はがん細胞の一つの中心問題として研
究が続けられている。 |
![]() The Rockefeller University |
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| 2. 最初の研究ーDefective RSV 1961年Unviersity of California, Berkeley のVirus Laboratory にあったH. RubinのLabで仕事を始めた。H. RubinはRous sarcoma virus (RSV) の中にRSVに似ているが、細胞をtransform しないvirus (RAV)がニワト リ細胞に感染していることを既に発見していた (Rubin, H.[1960] Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 46, 1105)。 我々は純粋なRSV を取るためにRAV に感 染していないRSVのみでtransformした細胞を単離したが、そこからは目的とす るRSV は全く産生されなかった。しかしこのtransformした細胞にRAV を加え ると感染力のあるRSV が回収された。従ってRSV は遺伝学的にdefectiveであ ると結論された(1)。この研究から導かれた一つの重要な点はRSVのreplicationは transformationに必須なものではなく、この二つの性質は分けることが出来る ということが明らかになったことであった。DefectiveなRSVは1960年初期にア メリカで使われていたBryan strain (以下B-RSVとして区別する)と呼ばれる もので、ヨーロッパで維持されたRSV(たとえばSchmidt-Ruppin Strain)は defectiveではないことがわかったので、B-RSVはそれ以後次第に使用されなく なった。ここで注目すべきことはRSV以外にもニワトリ、マウスその他の動物 からtransforming virusが得られたが、全てのこれらのvirus はB-RSV同様 defectiveであって、増殖のためにはhelper virusを必要とすることが分かっ たことであった。 続いてB-RSVがdefectiveであるのはvirus coat (envelope)を作る能力を欠いていることが明らかになった。我々はその後いく つかの異なったhelper virus を見出したが、それぞれのhelper のenvelopeに よってRSVの抗原性、virusの干渉、細胞に対する宿主特異性が決定されてい た。つまりB-RSV の多くの性質はhelper によって支配されている。また、あ る種のニワトリの細胞の中にはvirusのenvelope を作る遺伝子だけを保有する ものもあって、これがB-RSVのenvelopeとなり得ることが分かった (2)。このように RSVの遺伝子の断片が細胞の中に存在し得る(内在性遺伝子)ことは、のちの DNAを用いた分析によっても証明され、現在ではヒトの体細胞遺伝子にも同様 のことが知られている。 (1)Hanafusa, H., Hanafusa, T., and Rubin, H.: The defectiveness of Rous sarcoma virus. Proc.Natl.Acad.Sci. USA 49, 572-580 (1963) (2)Hanafusa, T., Hanafusa, H., and Miyamoto, T; Recovery of a new virus from apparently normal chick cells by infection with avian tumor viruses. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 67, 1797-1803 (1970) |
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3. 遺伝学的研究 (5)Kawai,
S., and Hanafusa, H.; Genetic recombination with avian tumor virus.
Virology 49, 37-44 (1972) |
![]() ![]() RSVによる transformation |
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| 4. H.Teminの貢献 H. Teminはtransform した細 胞においてRSV が細胞と共に安定した形で増え続けることに注目し、RNA から なるRSV genomeが細胞内でDNAに変化するという「provirus」の仮説を1964年 に提出した(Temin, H.[1964] Natl.Cancer Inst. Monogr., 17, 557)。 1970年Teminは水谷と共に、RSVはその粒子の中にRNAを鋳型としてDNAを合成す る酵素を持ち、細胞に感染した後virusのgenomeはRNAからDNAになること、更 にこのDNAは二重鎖(double strand)のDNAになり、細胞の染色体DNAの中に組み 込まれることを証明した(Temin, H. & Mizutani, S.[1970]Nature 226,1211)。(この酵素はReverse transcriptase [RTase]と呼ばれるように なった。殆ど同時にD. Baltimoreも同様の発見を報告した。)RTaseの発見は それまで信じられていたDNA→RNAの遺伝情報の流れについてのドグマを破った 点で非常に大きいimpact を持つ発見であったが、それと同時にRSVの研究に分 子生物学の基礎を与えたことが非常に重要であった。またRNA→DNAは従来の情 報の流れの逆であることを意味して、RSVとその同種のvirusは "retrovirus"と呼ばれるようになった。 |
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| 5. RSVの生化学・RNAの研究 一方RSVの生化学はW. Robinsonたちが、1965年にvirus をsucrose中の超遠心によって精製し、そこ から60-70SRNAを単離した仕事で始まった。次いでP. Duesbergたちはこの 60-70SRNAを熱または DMSOなどの変性剤で処理すると約35S RNAに変わること を見出した。従って約10kb (分子量約3.5x106) のRNAがRSV粒子中 に2分子ずつ存在することになる。この遺伝子情報はそれまでに明らかにされ ていた、gag(構造蛋白質)、pol (RTase), env (coat)を合わせるとその約 70%を占めることが分かった。RSVの方がRAVより大きいRNAを持つことから、 残り30%の部分がtransformation に関与するものと考えられた。 RNAの構造 の解析には殆ど全て、RNAのfinger print と呼ばれる方法が用いられた。 P32でラベルされたRNA をRNase T1で切断し、その断片を二次元(電気泳動とク ロマトグラフィー)に展開し、それぞれのRNAに特異なpatternを比較する方法 である。RSVとRAVのRNAを比較すると、 3'末端からRSVだけにユニークな spotが示され、RSVのtransforming geneのRNA上のlocation が3'末端に存在す ることが決定され、"src"と名付けられた(6)。その他 のgene のlocationは種々のmutants のfinger printの比較によって決めら れ、gag-pol-env-srcという今日知られている構造が得られた。 RTaseの発見 によってretrovirusが増殖の過程でDNAの形をとることが証明されたが、 RTaseのもう一つの大きな効用はこの酵素によって、virus RNAからそれに相補 的なDNA (cDNA)を作る手段が初めて提供されたことであった。cDNAを用いて retrovirusのRNAをdetectすることができるようになった。RSVの4つの遺伝子 に対するcDNAを作成し、RSVによってtransformした細胞のRNAを分析した結 果、RSV RNAは3種の大きさの異なるRNAを作っていることが分かり、それは gag-pol, env, srcの異なるmessageとなることを示すことができた。 (6)Wang, L.-H., Duesberg, P. H., Kawai, S., and Hanafusa, H.; Location of envelope-specific and sarcoma-specific oligonucleotides on RNA of Schmidt-Ruppin Rous sarcoma virus. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 73, 447-451 (1976) |
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6. DNA technologyの導入ーがん遺伝子の概念
上記の結
果はウイルスの遺伝子が細胞のDNA に由来するという全く新しい概念を提供し
たが、我々はsrcが細胞由来の遺伝子であることを遺伝学的に証明することを
試みた。既に述べたRSVのdeletion mutantの中にはsrc遺伝子が全部失われて
いない場合が見出されていた(7)。もしも細胞のDNAの中に
src遺伝子に近似したものが存在するならば、このようなpartial mutantと
reombinationを起こし、deletion によって失われた遺伝子が修復され完全な
形のsrcを持つvirus が生まれるかも知れないと考えられた。このような想定
のもとに、約70%のsrcが失われたvirusをニワトリに注射した。予想通りこの
mutantsは注射部位には何の変化も見られなかったが、約2ヶ月後からトリの
種々の部位に腫瘍が見出され、どの腫瘍からもtransformationを起こし得る
virus が回収された。得られたvirus のRNA の分析からも、回収されたvirus
はRSVと殆ど変わらないことが分り、更に得られたvirus RNAの3'末端は細胞の
srcであることが証明することができた(8)。この実験はStehelinたちの
分子生物学的手法を使った実験と同様に、正常細胞の中にvirus のsrcに非常
に近い遺伝子が存在し、それがvirus のがん遺伝子となったことを示したもの
であった。 |
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| 7. 藤浪ウイルスについて Retrovirus のRNAの構造の解析が行われていた 頃に1つのエピソードがあった。藤浪鑑博士はP. Rous と同時代に京都大学に おいて、sarcoma virus をニワトリの腫瘍から単離され、そのvirus はその後 Fujinami virus (FSV)として知られていた。このvirusはRSVと非常によく似た 肉腫をニワトリに作るのでRSVとほぼ同じものと考えられていた。 我々が分析 した結果FSV はB-RSV同様defectiveであって、FSV RNAはhelperの60%しか ない小さいものであった。しかもFSVのtransforming sequence(がん遺伝子) はRSVのその倍以上の長さで、その内容も殆ど全て異なっていた。従ってRSVと FSVは共通のhelperが使われる以外には全く無関係のニワトリの腫瘍virusであ ることが分かった(9)。この我々の得たFSV のsequenceが、ネコのretrovirus である FeSVのがん遺伝子と共通のsequenceを持つことが見出された。つまり細胞に存 在する同じ(homologous)遺伝子がニワトリとネコで全く独立にvirus の一部と して獲得されたと考えられた。 (9)Hanafusa, T., Wang, L.-H., Anderson, S. M., Karess, R. E., Hayward, W. S., and Hanafusa, H.; Characterization of the transforming gene of Fujinami sarcoma virus. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 77, 3009-3013 (1980) |
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| 8. virus LTRによる細胞遺伝子の活性化
最初の項で、 RSVのdefectivenessに関する実験においてH. Rubinが既にRSV に似たRAVを単離していたことを述べた。このRAV のような virus は1950年代にニワトリで多く見出され、トリの白血病の原因となること で知られていた。しかし、RAVなどは組織培養したニワトリ細胞には目に見え る変化も、顕著な生化学的変化も全く起こすことなく、増殖することが知られ ていた。何故このようなvirus が成育したトリに白血病を起こすのかは長い間 謎として残されて来た。これらのRAVなどに感染した細胞には勿論、RAV DNA は存在しているから、これが白血病の原因である可能性が考えられた。我々の 研究室のW. Haywardたちが細胞内のvirus DNA を詳細に検索した結果白血病を 起こした細胞ではretrovirus (RAV) がしばしば染色体の特定の部位に integrateしていて、その下流(3'側)に、mycというトリの白血病を起こす virusの遺伝子とhomologousな遺伝子が存在することが発見された。従ってこ の場合は細胞内のmyc遺伝子の近傍にretrovirusが組み込まれた結果、virus の3'側のLTRを起点としてmycが活性化され、AMVが感染したと同様の結果を生 み出したものと結論され、"promoter insertion"という表現が用い られた(10)。即ち 細胞には多くのがん遺伝子のprecursor(がんを起こし得る遺伝子)が存在す るが、たまたまretrovirusがこれらの遺伝子の近傍に導入されると、その LTRによってそのprecursorが活性化されてがん遺伝子と同様に細胞のがん化を 起こしうるのである。先に示した様に細胞遺伝子がretrovirusによって transduceされる場合と非常に近い現象と言える。このようなvirusの活性は遺 伝子治療などでretrovirus をvectorとして使用する際に問題となるので、こ のようなvectorには特殊な変化を導入して細胞内遺伝子の活性化が起こらぬよ うな工夫が要求されるようになった。 (10)Hayward, W.S., Neel, B.G., and Astrin, S.M.; Activation of a cellular onc gene by promoter insertion in ALB-induces lymphoid leucosis. Nature 290, 475-480 (1981) |
![]() The Rockefeller University |
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| 9. 細胞とvirusのsrc遺伝子 細胞のsrcとvirusのsrc遺伝子はそれぞれ c-src, v-srcと名付けられた。まずv-srcはRSV RNAから得られたcDNAを分析し てそのsequenceが決定された。一方cell のsrcはcell DNAのv-src に homologous な部分を単離精製し、この両者の構造の差を検討した (11)。c-src は細 胞の遺伝子から v-src に対応する12 exonから成る部分として得られた。この c-srcとv-srcのsequence を比較して見ると、先ず明らかな差はその3'末端に 見られ、アミノ酸に翻訳すると c-src の最後の19アミノ酸が、v-srcでは異な る12アミノ酸で置換されている。これは、c-srcのDNAの末端57 base(19アミ ノ酸)の部位が、細胞DNAにおいて更に約1kb下流に存在する部位と recombination を起こし、v-src の 3'末端には、c-srcとは異なる36 base(12アミノ酸)が置き換えられていた。のちに明らかになることである が、この置換はsrc の酵素活性を増強させる主な原因となっている。またこの 外に v-src (526aa)はc-src(533aa)に比べると8ヶのアミノ酸が単独に変 異によって異なっている。この変化は3種の異なる"strain"の RSV("strain"は諸外国で独立に維持されていたもの)を調べると 1ヶ所以外はそれぞれ違っていることが分かった。これらの変異がoriginal virus から別々に起こっていたことになる。しかし C末端の12アミノ酸は全 てのstrainのv-src に共通であった。このようにvirusのがん遺伝子とその起 源となる細胞のDNAの構造が、精細に比較されたのは我々のsrc遺伝子の分析が 初めてであったが、ここに見られるようにvirus のがん遺伝子ともとの細胞遺 伝子はいくつかの違いが見られた。では、その変化ががん遺伝子に細胞の遺伝 子にない新しい性質をもたらし、そのためにRSVは強いtransforming能を獲得 したのであろうか? 他方 retrovirus はLTR を持ちこの中に強いtranscription の promoter を持って いる。したがって src sequence が virus に取り込まれただけで、この強い promoter の支配下に入り、そのために transformation の活性を獲得したの かも知れない。この問題を直接testするために、RSVのv-srcを c-srcと置換し たvirusを作り、それがin vitroで細胞をtransformするかどうかを調べてみ た。c-srcを持つvirus にはtransformする能力が殆ど見られなかった (12)。 既に述べたよ うにv-srcのsequenceにはc-srcに比べて8カ所でmutation が見られ るので、 そのいくつかを別々にc-srcに置き換えたものの活性もtestした。それによる とその多くは程度の差はあるが全てc-srcを活性化する能力が見られ、特に c-srcのThr-338は全ての調べた"strain"で共通にIleu に変異して いるがこの1ヶの変異を導入してもtransforming 活性が見られることにな る。この変異は C末端部分にあるが、他のいくつかはN末端部分に見られるか らsrc分子の立体構造が活性に関与していることは明らかであった。 これらの実験 は、その後の膨大な研究の序曲とでも云えるもので、細胞の遺伝子の変化がが んの主要な原因であるという概念は今日確立されていると云える。 (11)Takeya, T., and Hanafusa, H.; Structure and sequence of the cellular gene homologous to the RSV src gene and the mechanism for generating the transforming virus. Cell 32, 881-890 (1983) (12)Iba, H., Takeya, T., Cross, F. R., Hanafusa, T., and Hanafusa, H.; Rous sarcoma virus variants that carry the cellular src gene instead of the viral src gene cannot transform chicken embryo fibroblasts. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 81, 4424-4428 (1984) |
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| 10. Src蛋白質ーtyrosine kinase 話が前後するがRSVのtransforming geneが細胞のDNAに由来するこ とが明らかになってきた頃に(1976年)、src 遺伝子の作る蛋白質の性状がR. Eriksonと J. Bruggeたちによって明らかにされた。RSVを注射したラビット から得られる抗体によって約60 kdのSrc の蛋白質(蛋白質ではSrcと表現され る)が特異的に沈降するという発見であった。蛋白質の免疫沈降という方法は その後広く利用されているが、v-Src 蛋白質に関する結果は初期の成果といえ る。しかもこの60 kの Src は蛋白質燐酸化酵素 (protein kinase) 活性を持 っていた。上に述べたc-srcとv-src virus のtransforming活性はそれぞれの Src蛋白質のkinase 活性と対応することが見出された。更に1980年にはT. Hunterたちが、このkinaseは従来知られていたserine-threonine kinase では なくて 蛋白質の tyrosine 残基を燐酸化 することがを見出した。 かくして Src蛋白質は 最初に発見された tyrosine kinase だ ということになる。ちなみにこの後種々の virus から がん遺伝子 が発見さ れ、その多くは 増殖因子の受容体であったが、その蛋白質の多くは tyrosine kinase であることが分り、細胞生物学にとって重要なこれらの分子 の構造などが、がん遺伝子の研究によって大きな影響を受けるようになった。 |
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| 11. Src蛋白質の変異 1980年代になって、src遺伝子がDNA の形で扱え るようになり、Src遺伝子に種々の変異を導入し、それによって生ずるこの蛋 白質の性質、酵素活性の変化を見ることが出来るようになった。先ず第10節に 述べた tyrosine kinase 酵素の活性は既知の kinase との比較とN末端の半分 がそれ程活性に影響しないことから、アミノ酸250-516の領域が重要と考えら れた。ATPのanalogを用いた実験から酵素にATPが結合するのはLys295 を含む 部位と同定された。Lysを他のアミノ酸と取り替えると酵素活性は失われる。 N末端につい ては初期の我々の生化学的研究からSrc蛋白質がN末端が細胞膜に接しているこ とが見られたが、その理由を調べた結果14 carbon からなる脂肪酸である Myristin酸(myr)がSrc蛋白質のN末端についていることが分かった。Src蛋白質 は生成の過程で#1のアミノ酸であるMetが除かれ、それに代わってmyrが#2であ るGlyに付いている。#2-#14のN末端のアミノ酸を除くか、あるいはもっと簡単 にはGlyをAlaに替えるとmyrとの結合は失われる。しかもmyr(-)のSrcは kinaseの活性を保存し、細胞の増殖を促進できるが、transformationを起こす ことは出来ない。従ってmyrの結合とそれに伴って起こる細胞膜への付着が transformationには重要であることが分かった(13)。その頃は未だ一般的でなか ったDNAのin vitro mutagenesisはこれらの実験で始められ、N末端の種々の deletion (Δ15-81,Δ15-169)が作られた。変異した Src (Δ15-81)は細長くtransformした細胞を作るがSrc (Δ15-169) はもう殆 どtransformしない。このようにN末端の半分に導入した変異は酵素活性には直 接影響を示さないが、transformation には影響があるので、 "modulatory"又は"regulatory"regionと呼ぶことにした が、後の研究に照合して考えてみると、この部分がSH2, SH3 domainに相当す ることが分かる。 v-Src蛋白質 の燐酸化の部位はSer17 とTyr 416と分かり、後者は自己燐酸化によることが 示された。Tyr416をdeleteすると酵素活性は失われる。先に第9節で、c-Srcと v-Srcの酵素活性が異なること、また8ヶ所での変異が活性に影響することを述 べた。しかしそこでも述べたように二つのSrcはそのC末端が大きく異なってい る。その後の研究によってこの C末端の変化、特にc-Srcの末端の19アミノ酸 が除かれたことが酵素の活性化に関与していることが分かった。更に詳しく述 べると、この19アミノ酸の中に含まれるTyr527が酵素活性を抑制していること が分かって来た。先ず、既にv-srcで見られるようにこのアミノ酸を含む部分 を除くか、他のsequenceと取り替えると酵素活性は強くなる。更にTyr527を phosphataseと処理して燐酸基を除くとSrcのKinase活性は上昇する。直接 Tyr527をPheに置換しても活性の強い上昇が得られる。Tyr527はSrc kinaseが 自己燐酸化によるものでないことは、ATP 結合部位であるLys295をMetに変え てSrcを不活化しても527の燐酸化は変わらないことから分かる(14)。後にこの燐酸化は "c-src kinase" (CSK)という別の酵素によって行われることが岡田 雅人らによって示された。 (13)Cross, F. R., Garber, E. A., Pellman, D. and Hanafusa, H.; A short sequence in the p60src N terminus is required for p60src myristylation and membrane association and for cell transformation. Mol. Cell. Biol. 4, 1834-1842 (1984) (14)Jove, R., Kornbluth, S., and Hanafusa, H.; Enzymatically inactive p60c-src mutant with altered ATP-binding site is fully phosphorylated in its carboxy-terminal regulatory region. Cell 50, 937-943 (1987) |
![]() The Rockefeller Univ.のラボで |
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| 12. Crk-SH2, SH3の発見 CT10 virus は、1940年頃にニワトリの腫瘍からとられたまま、冷 凍庫に放置されていたものであったが我々がそのsample から腫瘍を作り、 virus RNAを取りcDNAとしてvirus の構造を分析した(15)。VirusRNA は通常の retrovirus の長さの1/4 (2.5 kb)という非常に短いもので、両端にLTR を持 つほか、N末端のgag の下流に約690 塩基の細胞由来の構造を持っていた。こ の細胞由来の部分はCrk と名付けられたが、そのアミノ酸配列を調べた結果非 常に意外なことが見出された。このCrk の部分はSrc蛋白質のN末端の前半に存 在する"regulatory"と呼ばれていた部分と高い相同性を持ち、しか もこの相同的な部分は大きく2つの部分に分けられ、SrcとCrk ではこれが入 れ替わっていた。この2つの部分は、 CrkのN末端側を SH2(約100アミノ 酸), C末端部分をSH3(約50アミノ酸)と名付けられた。SHはSrc と homologousであることを意味する。したがってSrc蛋白質は SH3-SH2-kinaseで、v-Crkではgag-SH2-SH3である。それぞれのドメインの相同 性はいずれも約40%であったが、特定の重要なアミノ酸配列がそれぞれのドメ インの特徴として保存されている。CrkはSrcに似ている以外に2つの点で興味 のある蛋白質であった。第一にこの"regulatory"状の構造が tyrosine kinaseのような酵素活性を付随せず、しかも細胞の transformationを起こす。第二にkinaseなどの構造を持たないにも関わらず、 発現した細胞の中でいくつかの蛋白質のtyrosineを燐酸化することが出来る。 何らかの機構で細胞のkinase を活性化すると考えられ、この活性化はCrkによ る細胞のtransformationに必須であった (16)。 さてこの Crkについての新しい発見がなされた頃にJ. Knopfたちからphospholipase Cの 蛋白質の配列にもSrcに相同なものがあるという報がもたらされた。その後相 次いでSH2とSH3ドメインの存在が数多くの細胞質蛋白質に見出された。SH2ド メインの役割については、いち早くSrcとの反応性によって明らかにされた (17)。v-Srcを強く 自己燐酸化したものと、それらをphosphataseで処理して脱燐酸化したものを 作成し、それを精製したCrkと反応させると明らかに前者の燐酸化されたSrc にしか結合は起こらなかった。当時細胞の増殖因子が細胞の受容体と結合する こと、その受容体の細胞内の部分にtyrosine kinase活性を有していることが 分かっていた。しかも受容体として活性が上がるのは2分子がdimerとなり相 互にtyrosineの燐酸化を起こすことが必要であることが分かりつつあった。し たがってSH2構造を持つ細胞蛋白質がこれらの燐酸化された受容体に結合して その働きを活性化するのであろうと推察された (18)。事実この考えはその頃種々 の受容体について試され、それぞれの燐酸化された部位が異なるSH2を含む蛋 白質と結合することが見出された。更に興味深いことはこれらの受容体に会合 する細胞蛋白質の多くがSH2とSH3ドメインの両方を持ち、SH2が燐酸化された 蛋白質に付くとその同じ分子のSH3が他のSH3との親和性を持つ蛋白質と結ばれ る。このことによってSH2とSH3を持つ分子(多くはアダプターとよばれた) は、通常近傍に存在しない蛋白質間の新たな会合をもたらし、細胞外から受容 体を通して得た情報を細胞内部に伝達する機構が成立することになる (17)。今日、100を 超えるSH2とSH3を含む分子がこのようにして細胞内で情報伝達の重要な部分を 形成していることが知られているが、Crk のSH2とSH3はこの多様な細胞蛋白質 の相互作用を明らかにするさきがけを作ったことになる。 これらの蛋白 質間の相互作用の分子レベルでの解析は広い分野で急速にすすめられた。ここ では簡単に主としてSH2とSH3に関する基本的な情報を述べるが、先ずSH2は燐 酸化されたTyrを持った比較的短いpeptideとのみ結合する。その相互作用の特 異性はTyrに続く3−4アミノ酸の種類によって決まる。つまり、あるSH2構造 はpYXXMを、他のSH2はpYXNXを主として認識する。しかしその区別は非常に厳 密なものでなく、ある程度の自由度が見られる。また逆に一つの蛋白質はいく つかの異なるSH2と結合することが出来る。これらの主な点はSH3領域にもあて はまるが、SH3の結合相手は燐酸化アミノ酸に関係なくprolineを多く含む peptide,たとえばPXXPを認識する。しかしSH2の場合と同様このアミノ酸配列 の特異性はそれほど厳密なものではない (18)。 ここに述べた ように、SH2, SH3の主な役割の一つは細胞内の情報伝達を可能にしたことであ る。これらのドメインの働きによって、細胞蛋白質はそれぞれにユニークな結 合が可能になり、細胞膜から核までの情報のネットワークの形成が理解される ようになった。なおSTATと呼ばれるSH2を持つ蛋白質は細胞膜上の受容体に結 合したtyrosine kinaseによって燐酸化され、それによってホモダイマーの形 をとって直接核内に移行され、転写因子として働く。1つの蛋白質が細胞膜か ら核へ直接移行する点で、smadというTGFの働きに関与する分子と共に非常に 特異な系として知られている。 なお、多くのSH2, SH3ドメインのほかに、い くつかの異なるドメイン(WW, PTB, PTZ, PHなど)が特異的なアミノ酸の配列 と相互作用を持つことが知られるようになったことも付記したい。 さてCrkが如 何にして細胞のtransformation を起こすのかという質問は我々の命題として 現在まで研究が続けられてきた。その細部は未解決の点も残されてはいるが、 主な筋道は最近の我々の研究によって明らかにされてきた。これに関しては 私の研究部の赤城、石丸、岩原達の記述を参照して頂き たい。 (15)Mayer, B. J., Hamaguchi, M., and Hanafusa, H.; A novel viral oncogene with structural similarity to phospholipase C. Nature 332, 272-275 (1988) (16)Akagi, T., Murata, K., Shishido, T., and Hanafusa, H. : v-Crk activates the phosphoinositide 3-kinase/AKT pathway by utilizing focal adhesion kinase and H-Ras. Mol. & Cell. Biol. 22, 7015-7023 (2002) (17)Matsuda, M., Mayer, B. J., Fukui, Y., and Hanafusa, H.; Binding of transforming protein, P47gag-crk, to a broad range of phosphotyrosine-containing proteins. Science 248, 1537-1539 (1990) (18) Birge, R.B., Knudsen, B.S., Besser, D., and Hanafusa, H.; SH2 and SH3-containing adaptor proteins: redundant of independent mediators of intracellular signal transduction. Genes to Cells 1, 595-613 (1996) |
![]() The Rockefeller University |
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13. SH2, SH3による酵素活性の調節 最後に、
SH2とSH3は高等動物の中ではこのように広汎な分布を持つが、下等生物では
SH2を持つ蛋白質(主にSTATなど)が僅かに粘菌(Dictoslelium)、シロイヌナ
ズナなどに見られているが、Tyrosin kinaseの存在は知られていない。それに
比してSH3は酵母に比較的多種類見出されている。 Srcは海綿に発見されてい
るので、 SH2-kinaseの系は多細胞動物への分化と共に生まれたように見え
る。このような発生学的な問題を見直すことも大変
興味が深い。 |
![]() Srcファミリ ーKinaseの活性化 |
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| 私 の研究の歴史を要約するつもりが、少し長すぎる記述になり、しかも言葉を尽くせず恐縮している。いうまでもなく、ここに述べた殆ど全て
の仕事は私一人ではなく多くの同僚、学生の強力な助けで出来たものである。
特に強調したいのは彼等が生み出したアイデアによって多くの仕事が進められ
た。これらの仕事の大部分は、ここに含めることができなかったが、それらが
ここに述べた主要な成果を支えるものであった。この40年間の研究が現在の
科学の進歩に貢献できたことを誇りに思うと同時に、これらの私の研究室で研
究以外にも助力を惜しまなかった多くの人々に深甚な謝意を表したい。またこ
れらの成果は一つの研究室の努力だけでは決して生まれるものではなく、同時
代に苦労を分け合った人たちにも敬愛の情を禁じ得ない。ともかく手前勝手な記録であることを許して頂きたい。 |
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Reviews 1.
Hanafusa, H.; Nature of the defectiveness of Rous sarcoma virus.
Natl. Cancer Inst. Monograph. 17, 543-556 (1964). |
![]() Osaka Bioscience Institute |
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